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jcf氏へ2-1:原子力システムの新たな必要性(存在意義になるもの)−核廃棄物消滅の続き物(2007.03.15加筆) そして http://blogs.yahoo.co.jp/anti_hirai/44422084.html#46921792 から、私よりのjcf氏への返事。 >>>>>>>>>>>>>>> 適当x様。もう止めましょう。代替エネルギーの緊急性は、未来予測ですから、どの程度重きをおくかに違いがあって当然です。核拡散や廃棄物の問題についての認識は共通しているのですから、言い合う理由が見つかりません。せっかくの多くの有益な情報も、「***氏へ」などというタイトルなら、誰が読むでしょうか。私がどう理解しようが、何も変わりません。私も、未来技術としての消滅処理には、もちろん期待しています。将来、実現する日が来ることを願って、「地層処分は、最終処分としてではなく、もっと可逆性のある処分方式を検討すべき」と提案しております。消滅処理に興味をもつ学者が多いのは頼もしく思いますが、その先生方も、いついつ実用化される、それまでは地層処分をするな、とはおっしゃらないでしょう。消滅処理研究は、どんどん進展させてほしいと思います。しかし、実現可能性に応じた予算配分になるのは仕方ありません。もしも市民運動が後押しすれば、非常に強力な推進力になるのではないでしょうか。 >>>>>>>>>>>>>>> jcf氏へ・・・・私自身はjcf氏みたいな方や、ああさぁ氏やEifye氏とかがおられるから、原子力界や原子力関係に希望の芽は残されていると思っているわけでして・・・・ 多分もうすぐ私も、今のような長文を書く時間や精神的余力が無いほど、「私くらいにしかできそうにない仕事」の日々が待っていそうな気がして、jcf氏とかああさぁ氏とかE氏とかが悠々自適の生活を送る年齢になっても、私は馬車馬のように働かねばならない日々が待っていると予感しています。人生の損益計算書というのは、差し引きゼロというのが普通でしょうし・・・・そう考えると人生とは空虚なもので、なんとも意味のわからんものだらけですが、そこを苦笑いしながら歩んでいく事こそ、人間に与えられた義務なのかもしれません。 さてと・・・お答えいたしたいと思います。 長文になるので、一つ一つ小分けに、ゆっくりと(時には脱線しつつ)返事いたそうと思います。 適当x様。もう止めましょう。代替エネルギーの緊急性は、未来予測ですから、どの程度重きをおくかに違いがあって当然です。 全くそのとおりです。ところが、原油高のときに原子力派のOBの人たちがこれを利用して、不当なまでに原子力のエネルギーセキュリティー面を煽りに煽って、原子力の偉い人たちのOBが原子力の勉強会みたいなことをして、役人を呼んだりメーカーの人や電中研の人を呼んだりしました。それはそれで別に構わないのですが、そういうことはややもすれば、当然現役の原子力関係者の人たちの思考を束縛しちゃう可能性があるわけです。 その危険性に彼らOBは留意しているフシが無い。 それだけでなく、彼らOBは原子力委員会に政策提言書を出している。 その提言書の賛同者の中には、電力・メーカーの重役級OBが名を連ねている。参議院議員もですよ。 こんなことをすると、原子力の自主性や自律性を損ねてしまう。そっと、陰ながら扶けてあげるのがOBの姿です。それを何だか分からないけど、大声でムチャクチャな事をわめきたてている。「自分達が苦労して造ったFBR路線を何としてでもやれ!」という言い方で。 そこには、ある種のOBのエゴイズムが見え隠れする。 ああいう迷惑行為はやめさせないと原子力がいかれてしまいます。 しかも、エネルギー関係の雑誌に「石油はなくなる」みたいなことを書いて、原子力に阿ろうとする学者も居たりする。 原子力が良い姿であるためには、「原子力もエネルギー源の一つ」という風に、重要性を不当に高めず、より良いシステムの開発に自由に打ち込んでもらうようにしなければならない。 しかし、「某会議」や「某問題を考える会」の連中の多くは、既存の原子力の必要性を異常なまでに煽り、若い人たちや現役世代の人たちの自主性を損ねている。 こういうOBの本来すべき事は、彼らの自主性を重んじ保護し、そっと扶けてあげることです。 しかし、最近は「安心と安全の峻別を!」などと、奇妙な事をぶち上げていて、原子力が良くなるのを助けてやって居ない。それどころかムチャクチャにしている。 こんなことをぶち上げれば、一般人と原子力人の間にある連続性を叩き壊すことになる。 これを怒らずにいるほど、私は人間が円くありません。私は良寛様ではないのです。 それに、あの手のOBはもう「人格が丸くなっていてしかるべきはず」なのに、新しい酒のように口中を突き刺すような味わいの議論をしている。しかも、一般人と考え方の違いについて一つも根本的な議論の片鱗すら見られない。あれが70歳以上のえらいOBがする議論とは思えない。あんなひどい考えで原子力の人たちを叱咤するなんて、到底許さるる事ではありません。 jcf氏、以前私が、 “反原子力が宗教ならば「プルトニウム推進。核武装反対」も宗教では?” で言いたかったのは、 「原子力推進で核武装反対という原子力関係者は多いが、それとて反原子力と同じように合理的根拠を持たない宗教のようなもの」という事を明らかにして、 「原子力推進派も原子力反対派も、その本質は同じであるから、お互いを異質なものとして排除すべきではない。推進派も反対派も同じ線の上にある点なのだから」ということを感じてもらい、「推進派も自分の身に引き当てて、彼ら反対派を理解しようとすべきではないか?」ということを訴えたかったわけです。 推進派も反対派も、本質は同じなのです。 だから、意見は異なっていても、絶えず心の片隅に「推進派と反対派の本質は同じなのだ」と思って、反対派に接してやって欲しいと私は思うのです。 (「実現可能性の大小と必要性の大小が資源配分と予算配分を決定する、二大必須要素では?」に続く ・・・多分) |
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