原子力だのゐろゐろ

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS jcf氏へ2−2:意思決定・資源配分・予算配分とかについて1(改題)

<<   作成日時 : 2007/03/16 22:40   >>

トラックバック 0 / コメント 0

(2007.03.19注記:NUCNUC氏のブログにトラックバックした関係で、“jcf氏へ2−2:意思決定・資源配分・予算配分とかについて1(改題)”は二つエントリがあることになりました。私の不手際ですが、中味は全く同じですので、http://10767277.at.webry.info/200703/article_23.html
の方をご参照ください)


"jcf氏へ2-1:原子力システムの新たな必要性(存在意義になるもの)−核廃棄物消滅”のつづき

 ああ、この文章を書くのが最大に面倒なんですよねえ。
 原子力界の議論で彼らが持ち出す必要性として、「エネルギーセキュリティー」「温暖化対策」は、
「エネルギーセキュリティー」:自分らが原子力のことしか頭に無かったので、見事中国様に油田とかを頂かれるという失態。エネルギーの費消先の殆どは輸送だし。そういう中で過度に原子力だけ持ち上げるのは政策としてバランスも取れていないし、ポートフォリオなんて考えは微塵も無い。
「温暖化対策」:世界では電力として使われているのは全エネルギーの10パーセント、そのうち原発が30パーセント。三パーセントのもんを何倍にすればいいんじゃ?ムチャクチャな設備投資でもさせる気か?

 でまあ、お返事の原文です。
>>>>>>>>>>>>>>>
適当x様。もう止めましょう。代替エネルギーの緊急性は、未来予測ですから、どの程度重きをおくかに違いがあって当然です。核拡散や廃棄物の問題についての認識は共通しているのですから、言い合う理由が見つかりません。せっかくの多くの有益な情報も、「***氏へ」などというタイトルなら、誰が読むでしょうか。私がどう理解しようが、何も変わりません。私も、未来技術としての消滅処理には、もちろん期待しています。将来、実現する日が来ることを願って、「地層処分は、最終処分としてではなく、もっと可逆性のある処分方式を検討すべき」と提案しております。消滅処理に興味をもつ学者が多いのは頼もしく思いますが、その先生方も、いついつ実用化される、それまでは地層処分をするな、とはおっしゃらないでしょう。消滅処理研究は、どんどん進展させてほしいと思います。しかし、実現可能性に応じた予算配分になるのは仕方ありません。もしも市民運動が後押しすれば、非常に強力な推進力になるのではないでしょうか。
>>>>>>>>>>>>>>>


 さて、反論というか、やーさしーく指摘したいのは、
“しかし、実現可能性に応じた予算配分になるのは仕方ありません。もしも市民運動が後押しすれば、非常に強力な推進力になるのではないでしょうか。”
ところがね、
“実現可能性と必要性は、予算配分・資源配分を決める二つの独立性の高いファクター”
のなですよ。
 何故かと言うと、
「必要性が高いからこそ、それが満たされたとき、それを満たしたものの利得(利益)は大きいから」であって、これがあるから「実現性の高いが利得の低い戦略」「実現性が高く見えそうも無いけど成功した場合の利得が大きい戦略」を取り混ぜて適切なように資源配分・予算配分し、利得を最大にするというのが、合理的な行動と思うのですが、どうでしょう。

(付記 2007 03.15加筆 さらに加筆)
 実現可能性が高いけど、必要ない干拓・諫早湾もやったが、あれがjcf氏のいう「実現可能性を重んじた意思決定方法」ですか?ちがうでしょ?意思決定には「実現可能性」だけでは済まないルールがあるのでしょうね。けれど、jcf氏の考えをそのまま使えば、「諫早湾」「八郎潟」という無駄事業が「実現可能性が高いからやる」ということになりますよ。実は、それだからこそ「必要性」というファクターが必要になるのです。「もんじゅ」問題もこの面で欠けがあるはずです。

(作成中:続く)

で、
“「地層処分は、最終処分としてではなく、もっと可逆性のある処分方式を検討すべき」と提案しております。消滅処理に興味をもつ学者が多いのは頼もしく思いますが、その先生方も、いついつ実用化される、それまでは地層処分をするな、とはおっしゃらないでしょう。消滅処理研究は、どんどん進展させてほしいと思います。しかし、実現可能性に応じた予算配分になるのは仕方ありません。もしも市民運動が後押しすれば、非常に強力な推進力になるのではないでしょうか。”
 
なんですが、私は以前、原子力関係者OBに言って通じなかった事があります。
 それは、「恐怖・不安・後ろめたさには持続性があって、増大する性質がある」という事です。
 別に、私は、“消滅処理に興味をもつ学者が多いのは頼もしく思いますが、その先生方も、いついつ実用化される、それまでは地層処分をするな、とはおっしゃらないでしょう。”
ということには同意しとりますが、同時に以下のような事も洞察してみたのです。
“人間、何十万年も絶対漏らしてはならない毒物を子々孫々永遠に押し付けるとしたら、その罪悪感・後ろめたさ・恐怖には、果たしてどれくらい耐えられるだろう?意識の奥底で。
 その意識の奥底が人間の行動を決定付けるけど、きっとそれは、人類全体を原子力利用から遠ざける事になるだろう。そうなれば、原子力は衰退する。
 そういう原子力の衰退という危機を洞察して、なるべく埋めずに済ます「消滅処理」を原子力産業のために急いで研究開発しようとはしないのか?

と。

 どうですか?
 jcf氏はそこまで若い頃、学生時代に考えた事はありますか?
 地層処分を大規模にやろうとする事は、原子力の衰退・滅亡を決定付ける事になるのだと思いませんか?
 jcf氏、私はそこまで考えたからこそ、
「トリウムサイクル中で核廃棄物消滅するとか、金属燃料Na-FRとANL法で核廃棄物消滅、加速器でトリウムウランサイクル達成と核廃棄物処理をして、原子力産業が生まれ変わるしか、原子力産業がこの世紀を生き抜く方法は無い。地層処分は長期的な原子力衰退を覚悟したときの処分方法だ」
と思ったのですよ。
 可逆的な処分方法は、実は別の問題をもたらす。だから複雑のきわみなのです。
 この結論を出すには相当時間がかかったけど、悲しいかな、原子力人は核廃棄物処理をおろそかにしているようなのです。
 

 そういう行動が取れるのは、jcf氏・ああさぁ氏・NUCNUC氏とかの未来の原子力関係を担う人たちしか居ないのですよ。私は分野外でもう動けない、悲惨な事に。それがどれだけ悔しいか!
 しかし私は座視するに忍びないのですよ。
 だけど、彼らは考える暇が与えられず忙しい。だから私のような非力な男が、jcf氏・ああさぁ氏・NUCNUC氏とかの心ある原子力関係者の代わりになって(これは傲慢かもしれないが)考え、全てを託すしかないのです。一般市民は貴兄達関係者に全てを賭ける以外に生きる道は無いのです。
 EEE考える会GNSと言ったOB連中の多くは、豊田先生とかF氏以外では期待できる要素がないのです。黒@氏は、嫌がらせされてEEEを抜けたし。
 だから、貴兄達の力以外に依り頼むほかは無く、それはアトラスの苦しみでしょうけど、それ以外には方法が無いと考えています。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文