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「臨界には流石におどろきました。」について そこで私が思った、私の感情的な話をば・・・ 私、実はビリー=ジョエル(アルコール依存で苦しんでいたのでも有名ですね)の「オネスティ」が好きなのです。あれほど、人間への不信・人間への悲しみを歌った曲は無いような気もします。 で、原子力のシュラウド事件(成型加工欠陥を維持基準を認めない事に摩り替えて、過日、福島県に検査ミスを指摘された)とか、今回の北陸電の臨界事故に触れて、 “オネスティ”のリフレインが心に触れるのです。 ”Honesty is such a lonely word(誠実さ、なんて寂しい言葉) Everyone is so untrue(誰もそんな正直じゃねえのに) Honesty is hardly ever hard(誠実さ、そんなのろくに聞いた事無えよ) And mostly what I need from you(でも、みんなからの誠実さが俺は必要なんだ)(付記)” と勝手に意訳をしてみました。 まあ、原子力とて、原子力でなくたって、そんなもんです。 誠実・・・とっくの昔に消えているよ。 原子力だって、あのEEEの連中の多くやエネルギー問題に発言する会・GNSにいるOBが現役であった時代に、消えうせていた。 これについては乾いた笑いでしか、私は応える術を持っていない。 あのOBの多くに、現役の彼らを叱咤激励する資格がどこにあるのだろう? NUCNUC氏・jcf氏・ああさぁ氏・Eifye氏に対し、彼らOBは謝罪すべきであると思う。彼らは如何に誠実さを持って頑張っても、あのOB共のしたことで帳消しにされるという無間地獄に苦しんでいると、私は思います。 OB達は、その彼らに頭を下げて謝るべきではないか?ところが、自分のことは棚に上げていやがる。 このOB達のせいで、誠実にやれば、殴り倒される世界になったというのに。 ああ、そうだとも。これだから誰も、人間というものを信じる気にはなかなかなれない。 原子力はその意味で悲惨。でも、世の中もすべてその哀愁に満たされている。 それに原子力であろうが無かろうが、誠実にやっても裏目に転がる悲惨もあるし、誠実は見える事が無いので心は人間不信に捉われてしまう。「もんじゅ」「六ヶ所村」もそんなもんです。 誠実な動機・善良な動機だからといって、結果が良いものであるという保証はどこにもない。 だから苦笑し、自らがやっていることを冷笑しつつ、事を進めなければならぬ悲惨。 だが、あのEEEの連中の多くやエネルギー問題に発言する会・GNSの多くは、そんな悲哀に想いをはせ、自分達に対立する者達へ同情心すら持てないのでしょう。敵への愛というものがまるで無い。 そういう悲しいような深みを老齢に至っても持てないというのは、ある意味おめでたいし、ある意味苦悩に捉われることなく嬰児のように屈託は無いが、議論に苦味も哲学無く中身も無い。 だから、これらの会の議論の殆どは、空虚な議論になっている。 それだから思う。 「誠実という、あの寂しい言葉は、一体今、どこの世界で生きているのだろうか?」と。 下に、ビリー=ジョエルのオネスティのURLを貼っておきます。 http://jimaku.in/w/rgmJ1miBzek/ZlDRwHUBK0C (付記) 1.(誠実さ、だったらあんたのを俺に見せてくれ)を(でも、みんなからの誠実さが俺は必要なんだ)訂正。 2.ビリージョエル先生の音楽「オネスティ」にリンクさせておきます。(070429訂正) |
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