(「原子力屋」も知らぬ記事一杯)原子力だのゐろゐろ

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zoom RSS 更なる悩み・選択と集中と極意・思考の芸術

<<   作成日時 : 2013/10/05 22:37   >>

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S先生・I先生・Y先生・K先生 御侍吏
澤田氏 御侍吏
(拝啓)
適当Xです。
 我ながら、この「ゴミ文章をCCして恥曝しする」のは、私のバカの故です。
 ただ、早く、言いたいことを書いて、ある戦いに臨まないと、生きられなくなりますので。

(1.二日前から溶融塩炉(LFTR)のブログが攻撃対象にされている)
私は二日前から、
http://10767277.at.webry.info/200607/article_2.html
核廃棄物問題の根底にある要素とトリウムサイクル
に、ものすごい「違法薬物・セックス薬物販売URLをつけられて悩まされ」
ています。
 その本文の内容は、「追記に書いておき」ます。

(2.人は変化を嫌がるー原子力専門家の「溶融塩炉(LFTR)」研究開発・実現について消極的な原因)
 間違いなく、溶融塩・溶融塩炉(LFTR)開発研究は動いています。
 だが、恐ろしく、抵抗する人々もいる。
 基本的に人間は、変化への抵抗が強いものなのです。
 それは、変化時の「過剰なる疑心暗鬼」にあり、「助長補短できる問題」を超えた、
「無理すぎる前提で」、「助長補短不能のように事物を見てしまう」ことにあります。

 凡将が、あらゆる可能性を考えれば、「異常なパス(小道)」に入り込み、疑心暗鬼は、
際限なく膨らみ、あらゆるものが致命的短所に見えてくる。
 そして否定する。


(3.「選択と集中の極意」、あるいは多様炉型開発の極意)
 如何なる策・研究開発も短所がある。

 実はその策の良否を見分ける思考の技術は、短所から起こる危険に対し、
容易且つ効果的に(自然に沿って)助長補短できるかで、
「最良の策・良い次善の策・開発研究を見分けたり、構築する」事。

 その「構築可能策群の良否」の広さ・多さ・
「自然に沿った効果としての良否・多寡・遅速」
を把握する。
 これが立策・研究開発の極意です。

 多くのケースから帰納して、私は、そう見出しました。
 しかし、これを知っている人が、あまりにも少なすぎるのです。
 コレは選択と集中の極意ですが、原子力の多くが失敗に終わったのは、
そういう「思考の芸術を磨いていない」からです


 しかしそれより小型の多様な炉型を開発したほうが、極めて安全です。
 それは同じ金でも投資を分散させていき、各国の多様なニーズに合わせ、
経済状態に合わせた原子力輸出が、スピーディで小回りの利くものになるから
です。そして<日本の原子力輸出の大罠>から、被害を最小に出来ます。

 ※にあるように、澤田氏の「現行原子力輸出を是認」したら、
この大罠は巨大になり、結局、日本は国富を失う危険が高いのです。

 
 似たものとして、
***********************
「無理難題と言える疑心暗鬼で最良の策・次善の策を失う危険を防ぐ極意」
とは何か?
************************
というのも、結局、 同じ問題に収斂します。
 これはよく、「反対屋」が言う「駄々こね」「無いものねだり」問題です。
 どうすれば良いか?


 こうなるのを防ぐには、「助長補短」ができる範囲に「疑心」を限定し、
「助長補短出来ない事物・行為の範囲と『「助長補短」ができる範囲』との乖離は、
どこまであるか?」を吟味することです。

 のとき、ガロア理論のように上手に、「疑心を拡大していく」のですが、これには、
「思考上の天賦の才能」が必要なのです。

 たいてい、疑心暗鬼の状態で反論するとき、「助長補短できる状態」を超越し
ているので。

(敬具)適当X 2013.10.05

※<澤田氏へ、日本の原子力輸出の大罠>
既存原発輸出は、危険が多く、債権が焦げ付いた場合も、
持って帰れないし、
「占有権」を主張し認められれば、
融資団は大赤字になろう。
よって、
「種まきジャーナル」の澤田先生の、原子力輸出論は、
「相手が融資を返済できなくなっても、占有権を主張されれば、『輸出した原発』
は、『タダ取られになる』危険をわきまえているか否か」疑問である。
 さらにあつかましくも、その状態で、
「メンテナンスしろ」
という要求が通る危険が非常に濃いのだ。
 例:ランサ航空YS−11裁判(占有権を主張され、融資が焦げ付いた)


 原子炉輸出は、立てられた者が勝ち。
 融資は回収こそが難しい。




(追記1)
核廃棄物問題の根底にある要素とトリウムサイクル

<< 作成日時 : 2006/07/02 01:51 >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 131  核廃棄物の地層処分の話を聞いて、こう思った人はいませんか?
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
 「なるほど、環境隔離ができると原子力関係者が言うのなら、
 今後はPCBだの毒ガスだの、今、分解処分の取り組みが必死こいてなされている毒性物質についても、分解処分なんかせずに埋めてしまえば済む話ですな。
 明確に言うと、ああいう物質の無害化は金がかかるし、開発途上だ。
 だったら、埋めたほうが安上がりというわけか....
 今後、超猛毒物質の処分に困れば、地層処分すりゃいいですな。
 だったらなぜ、中国の毒ガス問題の解決に地層処分を応用しないの?
 あと、なぜ、毒ガスや猛毒の化合物については、分解処理をしなければならないの?
 埋めりゃ済む話でしょ?
 原子力の奴らだけに地層処分を認めるなんて、不平等じゃないか?
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
 
 人々が「埋めるべきではない」と思うのは、
「人間が発生させた物質は、最後の最後まで人間が面倒を見るべき」
という、人間の良心から来る考えが根底にあると思っています。
 ある意味、原子力の核廃棄物の地層処分というのは、
「科学技術の倫理的・道徳的後退であり、原子力技術の道義・倫理上の敗北」
ということなのだと思います。
 戦後においてビシビシと、新しい物質が創られ応用されましたが、それらが環境に与える問題が大きくなり、
「人間社会で作った物質は、人間社会のほうで徹底的に面倒を見ろ。埋めるとか自然環境にたれ流すような事は本来許されるべきじゃない」という認識が深まってきました。
 これはいろいろな実例、つまり公害事件やら環境ホルモンやら、いろいろ犠牲があっての上で育ってきて、人間の良心・倫理に呼応して根付いた考えです。
 これに真っ向から歯向かう考えとして、核廃棄物の地層処分が位置付けられているからこそ、これに対する抵抗は最も根源的で激しいものです。
 そして、核廃棄物の地層処分が抵抗無く行なわれるようになれば、
「人々は、核廃棄物以外の猛毒物質を埋めることに抵抗は無くなり、猛毒物質をどんどん作っては埋めていく。浄化技術は開発されないし見向きもされない」
と言う事になります。
 
 この点を、原子力を推進する人々は軽視している。ナメているように感じます。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
<事実関係>
再処理を経て残された高レベル廃棄物が原子力発電所の敷地内に保存されているという事実はありません。現在、わが国では海外の再処理工場内で再処理を経て残された液状の廃棄物などをガラス固化体にし、国内へ輸送して専用の貯蔵施設で三十年〜五十年間の予定で貯蔵しています。将来的には地下三百メートル以深の安定した地層へ埋設処分する計画となっています。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 いずれこの事を通して、原子力関係者にモラルハザードがあると言う声が出てくるでしょう。
 また、原子力技術全般のモラルハザードとか言う人間も出てくるでしょう。
 「リスク―便益論」「確率論的リスク論」は、道義とか倫理とは無縁の思想ですし、人間の良心の痛みを鎮めるものではありません。
 浄化技術としての消滅を、核燃料サイクルに、経済性を持たせた上で徹底的に浄化できるように取り込むと言う考えのほうが、道義的・倫理的に好ましいし、人間の良心が疼く事も無い。
 「人間の良心を永遠に苦しめ続ける原子力に育って欲しい」のならば、
“将来的には地下三百メートル以深の安定した地層へ埋設処分する”
のも良いと思います。
 そりゃあ、
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
“18. 負の遺産を残そうとしているとの意見に関して(P125)
〔原文〕
 「たとえ処分方法が決まっても、1万年もの間子孫に安全管理を委ねねばならないから、巨大な負の遺産を残そうとしているのだ。」
〔コメント〕
 人類の持続的発展のために必要なエネルギーを得る方法と、生活環境を保護するための管理システムを構築して子孫に引き継ぐので、全て子孫の為の事業と考えます。卑屈になる必要はなく、胸を張って良いのではなかろうか。”
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
という手もある。
 だけど、これって、こう言う精神が根底にあるのですよ。
“わしら日本の原子力は、浄化技術として核廃棄物の消滅もでけへん。
 その意味で、原子力技術は無力です。
 なもんで埋めるしかあらへんのですわ。
 わしら原子力の人間は、浄化することを諦めましたんや。
 よう考えたら、エネルギーを供給して、いろいろ子孫がたすかるわけやから、そのプラス面だけ見ましょうや。”
という、「核廃棄物からの逃避」「核廃棄物浄化への不熱心、逃げ」の精神がにおうのですよね。
 
 考えてみれば、原子力技術にしても、道義に根ざした技術を目指して原子力を志す人間がいるわけです。
 エネルギーの供給と言うのが、彼らの目標であり、従来はそれのみで良心が満たされていたわけです。
 ところが、核廃棄物を埋めることになって、原子力が道義に根ざした技術でなくなりつつある。
 そうなると原子力技術というのは、人間の道義心というか、高次の精神が刺激される技術でなくなる。
 そうなれば、志を持った技術者・科学者が集まらなくなって、原子力は死にます。
 「エネルギー問題に発言する会」は、「核燃料サイクルを通した消滅浄化」「核廃棄物の消滅浄化」について、もっと注目し、推進意見を述べることです。
 その意味においても、トリウム熔融塩炉のような技術、殊に古川氏らのThorims−nesは(加速器駆動装置を使って増殖・消滅ができるので)、道義的・倫理的により好ましいコンセプトなんですよね。
 しかし、ある程度はNa高速炉も補助的に役立つとは思うのです。

(追記1終わり)

(追記2:N氏のベントにフィルターをつける考えは前提が現実的ではない)
 事故時の安全への道は、事故で簡易化され、断片となった「残存機能」の
パス(道)を利用して、放射能放出を最小化するという問題である。
 安全収束はの残存放射性物質放出最小化操作経路が、事故時にどれだけ
残存しているかの問題であり、それは
「奇妙な簡易化の世界にプラントを突入させる」ものである。

 このため、ソフト面での支援研究が急務である
 これは、今まで原子力専門家がやっていないことなのである。
 N林みたいなベントにフィルターをという「立論」は、当面の弥縫策であり、
「フィルター機能不全になったとき、フィルターを取り除くべく、タスク=ロードが、自己増殖し、作業員は大きく被曝し「危害の回避」という目的が、
「危害の増加」となる。

 「はじめの意図はよくても、結果が悪く終わる」というのは、よくあることである。
 蒼天は皮肉にして、神は残酷であることを、きっとその時、彼は知るだろう。

(専門家の選んだ情報も相互に矛盾し、不確定であり、私如きの様な者と
すら「琴瑟総和」する「蓋世の才の持ち主」以外、災害の本質部分と解決法
は提供不可能である)

 私は、彼等の選んだ「専門家の情報を信頼できない」。
 原子力プラントの大事故は戦争であり、「戦争の理屈」のみ通用する。
 因りて、その情報は「量多くして相互矛盾しており」、事故初期においては、
「たれもが驚嘆する『機眼』を持っていない限り、適切に、再構成し、突破口を
見出す」ことは不可能だからだ。
 澤田氏もN氏も、そこまでの「蓋世の才がある」ことを保証できようか?
 普通は、事故が「浮動遷移するときに」、「逆算して」予想し、意見を述べて専門家ヅラをするものです。
 そうではないですか?

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