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まずは、ここに「核軍事利用の能力(客観的要件)と、核軍事利用の意思(主観的要件)」という考え方を教えてくださった「ねこかぶり」氏に感謝いたします。 この考えにより、問題がだいぶ明確化できました。 さて、 http://10767277.at.webry.info/200703/article_13.html で言いたかったこととは、以下のような事です。 日本の原子力界の考えでは、 “「核軍事利用の能力」と「核軍事利用の意思は別」であり、核軍事利用能力があっても、核軍事利用の意図が無ければ、原子力平和利用である。” という認識です。 ところが、こんな認識は、核拡散防止にとって実践的でないどころか、核拡散の温床になってしまうのです。 というのは、“人間の心など見抜けるものではないし、いつ、どう心変わりするのかわかったものじゃない”からです。 その中で、「大量殺戮兵器に容易になりうるプルトニウム」を使った原子力システムを広げれば、「核武装能力がある」と宣言して核武装同様の外交上の効果を得ようとしたり、プルトニウムシステムの平和利用を拡大する事で別種の冷戦「平和利用と称した核武装能力拡大競争」が起こり、これには限度がない事。 もし、多くの国が一気に核武装すれば、核軍事力の勢力均衡に大きな異常が発生し、最悪の場合核戦争になる危険が有ること。 日本がプルトニウム利用を広める事にでもなれば、そういう「陰湿な恐怖」「言いようの無い不安・恐怖」を広めてしまう事になるという事。 日本のプルトニウム利用を支えているこの認識では、核拡散の温床になってしまうのです。 |
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